castle >>由緒溢れる城

由緒溢れる城

現在では“城”という字を訓で“しろ”と読むが、かつては“しろ”という大和言葉は存在しなかったと思われる。
古代から中世初期までは、“城”のほかに“柵”という字も用い、“き”と呼ばれていた(城柵)(→城 (き))。
たとえば、大宰府のそばにある大野城は“おおののき”であり、山形県の出羽柵は“でわのき”であった。

しかし延暦13年(794年)11月15日に“やましろ”と訓ぜられていた山背国が山城国に改名されると、「山城」という語を“やましろ”と読むようになる。
その後山に城を造って領国を守る時代が訪れ、中世後期には“城”は“しろ”と読まれた。
文明6年(1474年)の『文明本節用集』には“城”に“シロ”の訓がある。

弥生時代の日本には、集落に濠をめぐらせた環濠集落や山などの高いところにつくられた要塞集落である高地性集落が数多く存在したが、政治的統一が進むにつれて衰退した。(wikipedia参照)

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